2015年04月17日

日本縦断2015その14 田野畑〜八戸〜七重浜 長い旅の終わり

北山崎
海鮮丼でお腹も満足したところで北山崎へ。
駐車場から5分くらい歩いたところの展望台からの眺めは、写真ではイマイチ伝わりにくい感が強いけどかなりイイ!
上からの眺めを堪能したら、ビジターセンターで貰った地図に波打ち際まで行ける遊歩道があるということで行ってみたのですが……
北山崎
断崖絶壁の場所から波打ち際に行くには延々と階段を下りないと行けない……そして、下りたらまた戻ってこないといけないことに途中で気付いたけど時すでにお寿司……
北山崎
行きはまだよかったのですが、帰りはちょっと上っては休みを繰り返しつつかなりの時間をかけて718段の道のりを戻ってきました。
いい汗かいた(笑)。
北緯40度線
北山崎の近くにある北緯40度のモニュメント。
こういうのがあるとつい見に行っちゃうね。
ここから真横に進むと秋田の大潟村に行くのか……
確か向こうにもモニュメントがあったような。
久慈あまちゃん
久慈といえばやっぱりこれ。
久慈あまちゃん
久慈駅の近くにはドラマで使われた品々やグッズ販売のギャラリーがあったり、
久慈あまちゃん
駅前デパートは未だ北三陸観光協会バージョンだったり、
久慈あまちゃん
駅前の「まちなか水族館」の中には北三陸駅のセットが再現されてたり、
久慈あまちゃん
未だ街中「あまちゃん」で埋め尽くされてる感があります。
久慈あまちゃん
このポスター売ってくれないかなぁ(笑)
六ヶ所村
翌日は下北半島を北上。
このあたりを走る度にいつも思うけど、下北の風景は道東にどこか似ている気がするのですが、誰が同意してくれる人はいませんか?
大畑イカスミラーメン
この日のお昼は大畑の街で名物「イカスミラーメン」。
海鮮のダシが出たスープはかなり美味しかったけど、麺が柔らかかったのが惜しい……
九州ラーメンでいうところの「カタ」くらいが好みなので……
本州最北端
大間に来たらとりあえず行くよね(笑)。
大函丸
フェリー乗船。
函館山
3か月ぶりの函館山が見えると、長い旅もようやく終わり。
またこれから頑張りましょう。
posted by crossroad at 11:47 | Comment(0) | 2015北大東島出稼ぎ&旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2015年04月16日

日本縦断2015その13 気仙沼〜釜石〜田野畑 津波の脅威を改めて感じる

気仙沼の宿は、街ではなく岩井崎という景勝地にある民宿に泊まりました。
民宿は海の近くでしたが、建物にダメージを受けたような印象はありませんでした。
国道45号線から民宿に着くまで、3階の高さまで津波をかぶった気仙沼向洋高校がポツンと震災当時のまま残っている以外はほぼ更地となっていたのですが、民宿のある付近は被害を受けなかったようです。
民宿のすぐそばに神社があるので、神社仏閣は災害が起きやすい場所をあらかじめ避けて建てられてるのかなと思ったり。
リアスアーク美術館
朝一は、リアスアーク美術館へ。
ここは通常の芸術作品も展示されているのですが、常設展示で東日本大震災時の写真と現場から収集された被災物を公開している場所なのです。
今回の震災をただ悲惨な出来事で片づけるのではなく、これまでの災害から学んでもっと被害を少なくすることは出来なかったかという、反省の視点にも立っているのが印象に残りました。
唐桑半島ビジターセンター
唐桑半島の先端にあるビジターセンターへ。
ここには30年位前に開設された津波体験館も併設されていて、東日本大震災を機に内容がリニューアルされたシアターでは、津波の映像と共にイスが揺れる仕組みになっていて、わかっててもちょっとビビる。
きっと実際はこんなものではなかったはずですが。
奇跡の一本松
陸前高田の奇跡の一本松。
国道沿いに物産館があり、そこに車を置いて少し歩いて行きます。
陸前高田では住宅地を高台に作るために山を削って、そこから出た土砂を海沿いの土地のかさ上げに使う工事が行われています。
この方法は山を削ってポートアイランドなどを作った昔の神戸方式を思い出します。
「希望のかけ橋」と名付けられたベルトコンベアがガチャガチャ音を立てて動いている姿を見ると、やっぱり少しづつだけど復興は進んでいる感じがします。
奇跡の一本松
今の一本松は保存のためサイボーグ化されたモノと分かっていても、まわりの風景は現実のモノ。
街1つ丸ごと消滅させる津波に改めて脅威を感じます。
陸前高田オカモト
物産館以外ほぼ何もない国道沿いで1件だけオカモトのセルフスタンドが営業中。
というか、あの看板の上まで津波が来たのか……
柿ソフト
この日は小雪が舞うくらい寒かったのですが、道の駅で他ではあまり見かけない柿ソフトを購入。
食べる前は柿とソフトクリームは合わんだろ……と思っていたのですが、ちょっと柿の食感も残って意外とウマい(笑)。
釜石駅
この日は鉄の歴史館を見てそのまま釜石泊まり。
リアスアーク美術館と鉄の歴史館でかなり時間をとったので、予定ほどはまわれなかったけどそれは仕方ないね。
三陸鉄道
翌朝ホテルの部屋から。
三陸鉄道
いい眺めだ(笑)。
旧大槌町役場
大槌町役場跡。
将来的な保存のための囲いだろうか。
たろう観光ホテル
震災前は高さ10mのスーパー防波堤に守られているはずだった田老の街も震災後に建ったいくつかの建物と、津波でも残ったごく少数の建物以外は更地のまま。
2年前は防波堤の上に立って田老の街を眺められたけど、今回は復興工事車両が走っていたので防波堤には近寄れず。
津波浸水区間
海沿いを走ってると何度も見かけるこの看板。
海沿いの低い場所はもれなく津波の被害があったことを感じさせられます。
田野畑北川食堂
田野畑村の国道沿いの食堂で日替わり海鮮丼のお昼。
これで980円はお得感があります。

今回で旅行記は終わろうかと思ったけど、長くなりすぎてもアレなのでもう1回だけ続きます……
posted by crossroad at 13:10 | Comment(0) | 2015北大東島出稼ぎ&旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2015年04月11日

日本縦断2015その12 東松島〜女川〜気仙沼 少しづつ前進

旧野蒜駅
この日泊まった東松島市は沿岸部が津波の被害を受け、仙石線の野蒜駅と隣の東名駅は山側に移転されて営業が再開されるそうです。
野蒜の駅ナカではコンビニが営業していましたが、駅はこのまま保存するのか解体されるのか……
女川高政
石巻は前回見たので今回はスルーして女川町に入ります。
まずは蒲鉾の高政で早速笹かまぼこセットを購入。
宿でのツマミにちょうどいいかと思って( ̄▽ ̄)
後に行く先々で土産を買いまくることになるとはこの時は思っていなかった……
女川高政
水曜どうでしょうの藤村D嬉野Dのコンビも来たようで、高政のHPからHTBサイトのレポートのリンクが張られていました。
女川原発PRセンター
お昼を女川の仮設商店街で食べた後、街からは40分位離れている場所にある女川原発のPRセンターへ。
女川原発PRセンター
東日本大震災以来何かと風当たりの強い原子力発電所ですが(沿道にも原発イラネ的な看板が大量にありました)、ここは今回の地震のレベルは設計の想定内に入っていたので、特に被害はありませんでした。
今回の震災によって東京電力との設計の思想の差が取り返しがつかないくらい出てしまった……
以前にも言ったかもしれませんが、福島の現状は原子力エネルギーの取扱いを軽視してしまった東京電力による人災だと思っています。
ただ、特に石油資源をあまり持たない国には、原子力エネルギーの活用も選択肢の一つだと思っています。
元エンジニアの端くれとして、今の原子力エネルギー=絶対悪みたいな風潮に違和感を感じるだけなのです。
といって、別に何が何でも原発推進というわけでもなく、原子力エネルギーのリスクを理解して万が一、億が一のリスクまで考えて設計してそれでも採算が取れるならしてみればいいし、採算が取れなさそうなら固執しないで別の方法を考えたほうがイイんじゃない?というふわふわしたスタンスなのですが。
女川温泉
この日は女川駅に新しくopenした温泉に入ってそのまま女川町内の宿に宿泊。
夕食のホヤがビックリするくらい美味かった(笑)。
南三陸防災対策庁舎
翌日。
神割崎を見た後、南三陸町へ。
更地の中に防災総合庁舎のみが残る。
南三陸さんさん商店街
仮設商店街で買い物。
これは書こうかどうしようか少し迷ったのですが、今回の三陸沿岸北上は旅行先として数多ある中の一つとして考えていたのですが、率直に言うと復興工事の車両が絶え間なく走り、海辺のかつて集落や街があった場所の何もない更地の中を走っていると、被災地を応援みたいな大義名分を自分の中で作らないと、なかなか旅気分にはなりづらかったです。
カーナビにはいろいろな店や銀行などのランドマークが出るのに現実は見渡す限りの更地とか……
行く先々でお土産を買うのは、自分の中での罪滅ぼしの部分もあったりしたのかなとか思ったり……
僕の出身地の神戸は、ちょうど20年前に阪神淡路大震災で大きな被害を受けましたが、今神戸や淡路島を旅する人で被災地を応援する感覚で観光する人は少ないのではと考えます。
一刻も早く復興が完了して、被災地を旅するという感覚が早く取れるよう今後もささやかながら見て行きたいと思っています。
南三陸キラキラ丼
お昼は「南三陸キラキラ丼」。
南三陸町内各店様々なメニューで提供されているのですが、今回は「山内鮮魚店」へ。
食堂と鮮魚店が中で繫がっていて、
「こちらで刺身を買って食堂で食べてもいいですよ」
と言われたので、志津川産タラの刺身を追加。
これはビールが欲しくなるなぁ(笑)。
気仙沼魚市場
気仙沼へ来ました。
気仙沼のビル
いろいろな場所にある津波の高さ表示。
港あたりでは2階まで浸かったようです。
想像するだけで恐ろしい。
気仙沼鹿折金山資料館
この日の宿に入るまでちょっと時間があったので、少し山側に入った「鹿折金山資料館」へ行ったのですが……
今日は休館日?orzとなっていたけどよく見ると中の電気が点いてたので戸を開けると開いた!
中で普通に資料を見ているとオジサンがやって来たのですが、かなりの話好きのようで……
自分は金山の4代目で父親が管理していた資料が多く残ってたので資料館を開いた……
ここ以外にも何ヶ所か掘ってたけど資料はここしか残っていない……
ここは金の含有量が多く、中でもモンスターゴールドという2.25kgの重量で1.875kgの金が含まれていた鉱石は昭和12年のセントルイス万博にも出展された……
その後モンスターゴールドは6分割されたが、その一つがつくば市に保管されていて、あとの5つは行方知れず……
気仙沼鹿折金山資料館
隣に飾ってる大きな岩塩は愛知万博で展示されていて引き取り手がなかったものを貰って来た……
等々延々と話は続く……
鹿折唐桑駅付近
金山で結構な時間を過ごしたのち、鹿折唐桑駅前へ。
ここは第18共徳丸が津波によって運ばれた場所で2年前は駅前に大きな船体があったのですが(写真中央付近)、その後市民アンケートの結果7割が撤去を望んだということでもう跡形もありません。
個人的には津波被害の象徴として残して欲しかったのですが仕方ないですね。
安波山からの気仙沼市街
1日のシメに安波山へ上って気仙沼の街を眺めます。
2年前より更地が見えにくくなって、少しづつだけど確実に復興は進んでいる印象を受けました。
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posted by crossroad at 12:19 | Comment(0) | 2015北大東島出稼ぎ&旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする